マレをはじめとする専門家によるコラム

スペース スペース スペース スペース
コーナー 背景 コーナー スペース
 

 

Column
検証!ナグ・ハマディ文書とは…

By.マレ

イエスとマグダラのマリアが結婚していた!
というアイデアの出所は、小説の中でも取り上げられているように、ナグハマディ文書です。

概要

これは、正式にはナグ・ハマディ写本と呼ばれていて、1945年にエジプトで発見された13巻からなる冊子形態の古文書です。(全体で断片も含め、52の文書より構成されている)

ナイル川流域エジプトのナグ・ハマディに近いジャバル・アッターリフの土中から、地元の農夫ムハンマド・アリ・アッサンマンによって発見されました。

写本はパピルス写本で、紀元前後のエジプト語であるコプト語(セム語の一系統)で記されていますが、ギリシア語から翻訳されたものと考えられています。筆写されたのが紀元四世紀で、原典のギリシャ語写本は、二世紀にまで遡ることが判明しています。

内容はグノーシス主義文献

その内容はと言えば、ほとんどが「グノーシス主義文献」であることが確認されています。しかしながら、他にも、ヘルメス哲学関係文書、プラトンの『国家』の 断片なども含んでいます。
(詳しい内容 はこちら)
関連書類へ


グノーシス主義って何よ?

グノーシスとはギリシャ語で「知識」を意味することばで、これは一世紀に誕生し、2世紀〜3世紀にかけてもっとも勢力を誇った古代の神秘思想の一つです。
物質は悪で霊は善とする二元論が特徴です。

グノーシス主義は、選ばれし者が「知識(グノーシス)」によって、自らを神とすることができると主張しました。

もともとキリスト教とは独立して形成された思想ですが、1世紀後半から2世紀にかけて、初代教会にも影響を与えました。また逆に、グノーシス主義者たちの中にも、初代教会の教えに強い影響を受けた人々が現れ、その結果、キリストの使徒たちが教え、初代教会が堅く守っていた福音と、グノーシス主義を混ぜ合わせた思想が誕生したのです。
これが初代教会に入り込み、教会内に混乱をもたらしました。それゆえ、使徒パウロは、弟子にむけて警告を発する必要が生じたのでした。
(この後に続く「ナグハマディ文書がキリストの真実を明かした?」参照)


ピリポの福音書

ナグハマディ文書は、そのようなキリスト教的グノーシス主義文献で、マグダラのマリヤとイエスが結婚していたというこの小説のアイデアは、この文書の中にある「ピリポによる福音書」からとられたものです。

福音書というタイトルがつけられていますが、イエスの言行の記録は他の福音書に比べて少ない上に、ストーリーの一貫性も備えていません。初代教会時代のグノーシス主義的な思想にもとづき、箴言や戒め、論考などを記した抜粋集のような形式のものとなっています。

この文書の中で、マグダラのマリアがイエスの伴侶とされていることから、この文書が発見された後、話題を呼びました。それが今までにもいくつもの小説のネタにされてきていますが、今回のダビンチコードもその一つですね。

文書の中では、マグダラのマリアについては2カ所に記述があります。それを下に記してみます。赤字部分は、欠損個所で、そこには何が書かれてあったのかは不明ですが、推測して復元したものです。

三人の者がいつも主と共に歩んでいた。
それは彼の母マリヤと彼女の姉妹と彼の伴侶と呼ばれていたマグダレーネーであった。なぜなら、彼の姉妹と彼の母と彼の同伴者はそれぞれマリヤ
という名前だからである。


主はリヤすべてのたちよりも愛していた。そして彼(主)は彼女の口にしばしば接吻した。他の弟子たちは主がマリを愛しているのを見た。彼らは主に言った。
「あなたはなぜ、私たちすべてよりも
彼女を愛されるのですか?」
救い主は答えた。
「なぜ、私は君たちを彼女のように愛せないのだろうか」
大貫隆訳(岩波書店ナグ・ハマディ文書)

 

ナグハマディ文書が
キリストの真実を明かした?

小説の大ヒットにより、あたかもナグハマディ文書の発見こそ、キリスト教会の隠されたタブーを明らかにしたのだという小説のストーリーをそのまま真実であると思い込んでしまう方々が多いようですが、これはフィクションであって、そのような事実はありません。
 
確かにピリポの福音書の中にマグダラのマリヤがイエスの伴侶として登場することで、この古文書発表当初から話題を提供してくれたのは事実です。
しかし、ナグハマディ文書については、すでに多くの専門家による研究がなされており、前述したとおり、これはグノーシス主義文献であり、もともと使徒たちが教えた初代教会のものとは違います。

それどころか、この思想は、使徒たちの教えとは真っ向から反対するものであって、ナグハマディ文書が発見されるそれより以前から、初代教会はグノーシス主義の教えとは対立するものだったのです。
 

パウロが発した警告

初代教会時代から2世紀にかけて、クリスチャンの数が爆発的に増加したローマ社会では、初代教会の教えに強く影響されたグノーシス主義者たちが多く現れました。
そのような人々は、使徒たちが教え、初代教会が堅く守っていた内容ではなく、グノーシス思想を混ぜ合わせた「異なる福音」を持ち込みました。
それが教会にただならぬ影響を与えました。

このためパウロは、自分が育てた愛弟子テモテに、はっきりとグノーシス主義をさけるように警告を発する必要が生じました。
紀元64年〜67年頃に書かれたテモテへ第一の手紙にこうあります。

テモテ、あなたにゆだねられているものを守り、俗悪な無駄話と、不当にも「知識」と呼ばれている反対論とを避けなさい。
第1テモテ 6章20節

ここでパウロが避けるように警告している「知識」と呼ばれている反対論こそグノーシス主義のことです。


パウロの伝えた福音とはもともと違う

パウロと言えば、非キリスト教徒の比較宗教学者さえ「キリスト教はパウロが作った」と言うほどに、紀元一世紀のローマ社会の広大なエリアに、キリストの福音をもたらした大宣教者です。彼がいなければ、パレスチナの片田舎で始まったキリストの福音は、ローマに至ることはなかったでしょう。

そして、彼がいなければ、現在私たちが「キリスト教」という名で知っているものは、存在していなかった可能性さえあります。それほどに大きな働きをし、大切な手紙群を残しました。

彼は迫害の嵐の中でキリストの福音を命がけで伝え、最後には、その信仰の故にネロ皇帝のもと、斬首刑に処された人物です。

このパウロが、まだ存命中に、その愛弟子に警告を発したのですね。
これで分かるように、グノーシス主義とは、使徒パウロの時代から、すでに教会の中で確認されていたもので、はじめから初代教会の教えと対立していたものです。

ですから、ナグハマディ文書の発見によって、隠された真実が明かされたのではなく、それはもともと初代教会の教えと異なるものとして、認識されていたし、存在していたもので、新しいものではないというのが、歴史的な事実ですね。


ピリポの福音書はパウロ時代には存在していなかった

そもそも、パウロや初代使徒たち存命中に、ピリポの福音書は存在していませんでした。
ピリポの福音書は、パウロより150年も後に記されたものであることがすでに判明していますから。

そして、それ以前に、同じ文書が存在した歴史的証拠となる写本も存在していません。一方聖書に関しては驚くほど多くの写本が実在しています。
(聖書の歴史的信憑性―写本は語る!を参照)
関連書類へ

ですから、イエスがマグダラのマリヤと結婚していたというたぐいの教えは使徒時代には存在していなかったのです。
これは後の時代のグノーシス文献における創作であることが明らかです。


目撃者たちが生きていた時代、
ワイドショーネタはすぐばれた

イエスが実はマグダラのマリヤと結婚していたというような、今で言えばワイドショーネタになりそうなものは、使徒たちが死んでから、初めて広がったものです。それまではこのようなネタを流すことは無益なことだと思われたでしょう。

なぜなら、当時はキリストと共に歩んだ使徒たちが、まだ生きていた時代ですから、イエスにまつわる嘘はすぐにバレてしまったのです。

その他にも、キリストと近くに生きた多くの弟子たちが生きていたからです。パウロ自身も、紀元57年の春頃執筆した、コリント人への手紙の中で、自分の語る内容の証人は500人以上いて、その半数以上がまだ生きているから、嘘だと思うなら確かめなさい!と言っています。

実際、この時代は、内容の疑わしいものは、多くの直接イエスを見た証人に確認することができました。
パウロの手紙の多くは、実際、その当時のさまざまな「嘘ネタ」や「異なる福音」をただす目的で書かれたものですが、それらの中に、あまりにも低次元のワイドショーネタは存在している記録すらありません。

実際のところ、イエスの私生活に関するあまりにもうそぶいた内容のものは、出回ることはできなかったのです。


初代の弟子たちが死に絶えた後に入り込んだもの

ピリポの福音書のようなタイプのものは、使徒たちが死に絶えた後の時代にこそ、初めて登場できたのであって、歴史的に見ても、グノーシス主義が教会にとって最も大きな脅威となったのは、まさに初代の使徒たちが死に、その使徒たちに直接教えを聞いた、使徒の愛弟子たちの時代より後なのです。

これは、初代教会時代のグノーシス主義にさえ見られないようなたぐいのネタであり、2世紀以降の創作であるというわけです。


まとめ

では、どういうことが言えるかと言うと、歴史的には、ナグハマディ文書が発見されたことで、キリスト教会が隠してきたタブーが明らかになったという事実はなく、明らかになったのは、初期教会に影響を受けたグノーシス主義思想が、どのようなものであったのかということなのです。

その点で、この古文書は大変貴重な歴史的資料であることは間違いありません。


コラムのトップへ戻る


  スペース
コーナー 背景 コーナー スペース